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金色の海
「泳ぎに行くよ」
診療を終えた父の声がした。
「ハーイ」
海水パンツを急いではいて、父の後を追って、隣家の軒下を通り、砂避け用の笹竹の生け垣を潜ると、白砂の海岸と日本海が広がる。
夕暮れの海は夕凪。ザブッザブッと小さな波の音が聞こえるだけ。
海の波の冷たさに、少しばかりの不安を抱きながら、鏡のような海に入ると、金色の粉が指の間から漏れるのに気付いた。
「これ、なーに」
「夜光虫だよ」
波打ち際からすぐに深くなる孤島の海を、沖へ向かって泳いだ。
とっぷりと暮れて、夕闇に包まれた海は、広げた両腕から出る金粉で輝いていた。
夕闇の中に海と空の境はすっかり消えて、金粉を衣に、星屑の中を鳳凰のように飛び回っていた。
時は流れ、懐かしさを覚えて、あの海辺に立ってみた。沖には波消しトラスで堰が作られ、白砂の浜は細長く痩せた身体を横たえていた。海に入ってみたが、あの美しい金粉は現れず、肌のかしかな痒みの跡には油の糟が付いていた。
時の流れは、あの時の希望や憧れを惜しげもなく押し流してしまった。 |
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