一 等 船 室
 階段を昇るとすぐ前に白いペンキ塗りのドアが現れる。そこを入ると、十畳ほどの部屋がある。両側は舟形にカーブし、作り付けの長椅子がその周りを取り囲み、その上にペンキ塗りの無骨な小さな窓が取り囲んでいた。
「オモカジ イッパイ」
「ヨーソロー」
 部屋の先端の方から声がして、ガーッ、ガタガタとエンジンの大きな音が汽船を震わせると、船は右に大きく旋回しながら沖へと動き始めた。窓には木の葉のように揺れながら船着場へと向かう伝馬舟の姿があった。
「坊っちゃん、お腹空いてないかい」
 そう言って、ボースンは、小さなお盆に冷たい水菓子とお茶を置いていった。株主の息子へのいつもの特別接待なのだ。
 すぐ隣にある操舵室からは、世間話や天候の話しなどをする父の声が聞こえた。
 身の縮む思いで、そそくさと水菓子を口に頬張ると、走るように後部甲板へ向かった。
 本来、自分に属さない接待を受けるのは、ボースンに余計な負担を負わせることになり、迷惑をかけることになると思われて、心苦しかった。
 甲板は強い潮風に吹かれていた。波をけたて、風を切って進む汽船は、一層潮風を煽って、寒かった。
 軽い吐き気をもよおすペンキの臭いと強い潮風の寒さの中に長い間過ごすのは辛かったが、そこには確かに自由があった。
 強い潮風を避けて、客たちは三等船室へと逃れて行った。一人取り残された甲板は、島影を左に、遮るもののない海原へと力強く足を早めた。

 謙虚さは孤独をもたらし、真実は祈りに変わる。そして遙か彼方に希望の光を望み見させる。