期待溢れる汽船

「ボーッ ボーッ」
 遥か彼方、右側に突き出している岬に現れた汽船が、来航を知らせる汽笛を鳴らす。
 それを合図に、はしけの船頭が、
「舟が出るよー」
と客に向かって声をかけた。
 キップ売り場や船着き場のあたりに散らばっていた客たちは次々とはしけに乗り込んだ。
 ギーコギーコ。
 二挺の櫓を操る音がして、小さなはしけは二十人ほどの乗船客を乗せて港から外へと出て行った。
 舟は、揺れる度に波の頂上から谷間へと、大きく浮き沈みして、明るい希望に満たされもしたが、深い死の闇に包まれもした。
 ガターン。
 大きな音を立てて、はしけは汽船のデッキに接触した。
 はしけは、汽船の喫水線の遥か下まで落ち込んだと思えば、汽船のデッキの端に激しくあたって浮き上がった。その度に手か足を挟まれはしないかと、恐怖が走った。
「坊っちゃん、おいで」
 その途端に船頭のがっしりとした手が脇の下に入っていた。
「ボースン、いくぞー」
 その瞬間、身体は、白い帽子に、これまた純白の制服のボースンの腕の中に投げ込まれていた。
 それは、一切の不安を飲み込む一瞬の出来事だった。
「坊っちゃん、行こう」
 ボースンはそう言うと、手を引いて、狭い、ペンキの匂いのする階段を上がり、一等船室へと連れて行った。
 不安の中に、ボースンの白い色が、希望への架け橋のように思えた。汽船の行き着くその先には、期待溢れる内地が待っているのであった。
 どんな状況の中でも、人とのつながりがあり、そこに一抹の希望がある限り、美しく生きる事が出来る。