不安な海

 海の面には小さな白波が立っていた。波打ち際には大きな波が打ち寄せ、白い砂をえぐっていた。
 四、五人の漁師が、浜に引き上げてあった小舟を、波打ち際へと下ろしていた。打ち寄せる波に逆らい、舟を整えるのに、必死に見えた。
 数名の、これも同じように屈強な漁師が、乳飲み子を抱いた女性を担架に載せて浜に現れ、波打ち際に下ろされた小舟に近づいていった。
「先生の奥さんが、脚気にないやって」
「内地の病院に行きなさっと」
「美味しい白米をお食べなさって」
「なおんなさって、はようかえんなさっとよ」
 村人たちの噂と心配気な囁きが、浜を被っていた。
 波打ち際で激しく揺れ動く小舟に担架のまま乗せるのは至難の技に見えたが、ほどなく四人の漁師が乗り込み、四挺の櫓で沖へと漕ぎ始めた。
 小舟は大きくピッチングし、大波の谷間に見え隠れしながら、沖へ沖へと進んでいった。
 突然、海原を大きく遮るかのように、高く黒い壁が現れた。よく見るとそれは、定期航路の汽船だった。医者であり、汽船会社の株主である人の苦難を見て、波止場の沖にではなく、浜辺ギリギリに汽船を回したのだ。視界を塞ぐよな汽船の壁に飲み込まれるように伝馬船は近づいていった。
 ゴーッ ゴーッ
 唸るようなエンジンの音と共に、巨大な壁は浜辺から離れ、沖へと離れていった。視界は次第に広がり、白波の立つ海はキラキラと輝きを取り戻していった。
 いつの間にか、汽船は沖へと離れ、左の岬にかかっていた。白く、小さくなった船体は、雲間から漏れる太陽の光にキラキラと輝いていた。その輝きの向こうには平安と楽しい希望が溢れていた。
 ボーッ ボーッ
 安らぎと希望の地へと誘うように、汽船は小さな呼び声を残して、岬の彼方へと消えていった。